平松愛理の娘・子供は今?

わかりやすく説明いたします。

平松愛理

平松愛理の簡単なプロフィール

平松愛理

1964年3月8日生まれ。神戸市須磨区出身。

1992年に「部屋とYシャツと私」でミリオンセラー 1993年にアルバム「Single is Best」でミリオンセラー 1994年編曲家の清水信之氏と結婚するが2005年離婚 1996年に娘を出産、2001年に乳がん発覚。治療に専念し、 2004年復帰。現在はネスレのテーマソングLa la smile を曲担当し、ラジオ番組のレギュラーもライブもこなし、 精力的に活動している。

平松愛理の娘・子供は今?

管理人

事実

平松愛理さんの娘(子供)は初一音さんといいます。1996年生まれなので もう成人されています。シンガーソングライターの娘ということで その娘さんの現在を知りたい方も多いようですが、初一音さんは一般人として 元気にされています。一般人として生きていらっしゃるので、そっと見守って あげて欲しいというのが正直なところです。 現在は音楽とは違うもので生活されています。

お会いしてきた印象

刺客

おしゃれ

管理人の桜柚月は娘(子供)さん初一音さんが 9歳ぐらいから20歳ぐらいの頃まで 月日をまたいで、7回ぐらいお会いして、 ご挨拶程度にお話ししたことがあります。 初めてお会いした頃の印象ですが、 その頃の平松愛理さんは離婚直後の時期と重なり 大変な時期でしたが、初一音さんは、 平松愛理さんのイベントのサポートをしていました。 そしてファンの方が心配しないように気を使って ファンの方々にお話しされていました。 その時の印象は、とてもしっかりされているなと思いました。 当時はまだ9歳ぐらいだったはずです。 娘さん(初一音さん)が高校生ぐらいの時、 もイベント会場で売り子、グッツ販売を手伝って おられました。すごくしっかりされていました。 しかしながら、やはり普通の女性と同じように、 ’恋愛’という言葉に敏感になってくるお年頃に なると、表舞台にはでなくなりました。 最後、私が、娘さん(初一音さん)とお話をしたのは 2015年あたりだったと思います、 もうすっかり大人になられて、正直、お声かけづらいくらい お洒落な方になっていました。

一般人として生きている

香水

あたたかい視線

芸能人の娘、二世としてやはりどうしても若干の注目を 浴びてしまう位置にいる娘さん(初一音さん)。 ただ、二世としてではなく現在は一般人として生きておられます。 全く、表舞台に出なかったかというと、そうではありません。 2008年後半、平松愛理さんはSLOW ROOM (お客様にゆったりアットホームな感じで時間を共有させたいライブ) をマンスリーで行っておりましたが、そこで一度だけ、 ステージの上で120人お客さんの前で平松愛理さんのライブの特別 ゲストとして、楽器を披露したことがあります。 (情熱大陸という曲のカバーを披露) ものおじせず、間違えず披露されたことはさすが、 平松愛理さんの娘というところですが、やはり観客慣れはしておらず、 そこは平松愛理さんがカバーしておりました。 平松愛理さんはラジオで幾度か、 娘さん(初一音さん)のことについて語っていますが、 何かを創る’ことには秀でていますが、 音楽や芸能人には向いていないですね、と発言されたことがあります。

曲’DEAR MY BABY'’夢について~ハイネの日記’’シングルマザー’

ハート

歌に託す

平松愛理さんはご自身の娘(初一音さん)について歌った曲が3曲ほどございます。 1曲目は平松さんが難産の末生まれた娘にあてて作った’ DEAR MY BABY'(1996年発売、アルバムReborn) 2曲目は娘さんが作った詞の一部を使ってできた曲’ 夢について’夢について~ハイネの日記’(2004年発売、アルバム秋の虹) 3曲目は母が娘を想う気持ちを歌った曲’ シングルマザー’(2010年頃、YOUTUBEで平松愛理本人の弾き語りVERが聴けます) 平松愛理さんは娘さん(初一音)さんが この曲をライブで聴きたくないと言っていました。 そうでしょうね、自分のことをライブで歌われるのは、 私が初一音さんだったらイヤですね。 でも、もし後追いしたければ、現在もYOUTUBEで ’シングルマザー’聴けますので聴いてみてください。

現在の娘の状態

ハート

いい大人

正直、管理人は3年以上、お会いしていません。 ですが、娘さん(初一音さん)は一般人として元気に 日々、活動しておられます。なので、 できれば、暖かく見守ってあげてください。

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